『鬼』が赤い自転車でやってきた

創立者より

クラブハウスin名古屋が11月07日開かれた。
そこに
通称『鬼』が赤い自転車でやってきた。
この鬼、初登場は80年代。
単車乗りの集まりの根城に いすずの黒いクーペで来た。
「筋が違うぜ」と、 その黒い車はTX500の下取りとなって、
その日、鬼は電車で帰えることになった。
90年代のある日に、
鬼は、赤帽の軽貨物車両で名古屋からやって来た。
私は、たまたま赤塚不二夫先生から声が掛かって、出かける支度をしていた
急遽、単車での訪問を変更し赤帽車両の助手席に乗り込み、
映画撮影の現場に向かった。
《ときわ荘》をイメージするに選んだのだろうか、目的の旅館の前は、
先生を筆頭に一門、撮影スタッフ諸氏が誰ぞのお迎えで首を長くしていた。
『赤帽車両』登場に、人々の態勢が車両を取り囲んだ。
そして、鬼は言った。
「配達に参りました!赤帽はなまものは配達しません。今回は特別です。」
赤塚不二夫先生は私に何回もその思い出を私に繰り返した。
(bossを驚かそうと仕込んだがケンタウロスが一枚上手だったと、、、、、)
浜に戻る一時、宿で朝談を鬼とした。
この30年の間、二人して話をする時間は只の一時も無かった。
話し合い、議論等、なんじゃらほんじゃらは一切無かった。
だが互いの背中は見ていた。
数々の武勇伝、奇行ともいえる行為の表現者にして
大酒飲みの単車乗りの鬼は
仏顔になっていた。
5年前に脊髄の古傷にウイルスが侵入し死線を彷徨ったと
彼は穏やかに語った。
自分はマグロ、動き続けるんです。
鍛え上げられた身体を誇示する雰囲気は微塵も無い。
シンプルにして暖かい鬼の気は 私の心に共振作用を起こした。
心地よく、得るものが多い面談だった。