大将を見舞う瞬間(とき)

二代目から

11月28日病院で大将に会った。
以前に比べてスマートになられたようだ。
やつれたというよりはスッキリとしたイメージ。顔色も良く健康そう。呼吸器が付いているので不自由な動作は否めないが、至って俊敏な動作に見受けられた。
声が出ないので筆談がメインだが、大将本人は口を大きく開けて伝えようとすることもしばしば。
私に伝わっていないと感じると、大きくため息をつきながら肩を落としてがっかりされる。
そのしぐさも昔と変わらない。だからその様を見て思いのほか安堵した。
大変な病をしっかりコントロールしながら血色良い姿は喜ばしい限り。

ここでケンタウロスに対する思いを改めて聞いた。
色々とやらなければならない処理をこれまで通り進めながら、しっかり実践して行こう。

今後時期を見て大将は退院されるであろう。
しかし世の中はコロナ禍。
ましてや肺に持病を持つ大将には風邪においても大敵だ。
他者との面会や面談も、早々に許されるものではないであろう。
しかし、大将の存在意義は私にとって大きい。ましてやクラブにとっては当然のこと。
大将のために、皆へ”武器たる哲学”の継承ができる環境を整えて行けたらと考えている。

さて、「大将の意向」と言って、他人へ言葉や指示を伝える人間がいるが、本当に大将からの意向を知る人間はとても少ない。近くにいる人間ほど、そのような負担を避けようともする。
そもそも入院中である。そう多くの事柄に想いを巡らすことも面倒に感じるであろう。
現在病院の外で、他人に指示をしたり動かしたりする原動力がそのような ”ことば” であるならば、その言葉には気をつけて頂きたい。
それは大将の真意でないかもしれない。

2021年がやってくる。
ご準備を。
武運長久


令和2年12月3日
二代目

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