10%MAN

創立者より

「10%MAN」と、アイアンコッカ氏が名付親と聞く
五百木茂俊が旅立った。
渾名を付けられた頃は、デトロイトの名誉市民。
星条旗と日の丸、そしてデトロイト市の旗を自宅に掲げていたと聞いている。
どうして名誉市民なんだと問うたら、多額寄付をしたからとニヤッと笑っていた。
米国に乗り込む前は、国内で旅行会社を経営し競馬馬を五頭所有していた。
私は、彼の奥さん章子さんを通じて五百木を知ることになった。
香港、欧州、トルコ、そして米国各地から女性が訪問に来ると、
彼女達が満足いくまで面倒をみ、
お土産付きで「主人をよろしく願います。」と見送っていた。
当然、祇園からも四季折々「大奥様へ・・」と、付け届けが届いていた。
世界中駆けずり回っているらしく、御当人に私は会うことは滅多に無かった。
それでもその頃一度会った印象は、長島選手みたいだと思った。
オイルショックの時代、
彼の旅行会社は多額の借金を残して倒産したが
程なく負債を肩代わりする会社があって
その会社の依頼でデトロイトに
オフイスを開きビジネスルートを開拓するのが役目だった。
米国の基幹産業である三大自動車会社が衰退間近の頃だ。
10%MANの出立点は横須賀PXのドライバーで
私は所謂ヤンキーではと思っていた。
ある年での会話で彼は語った。
米国に一泡吹かせてイスタンブールで暗殺されたいんだ。
詳しく問わなかったが敗戦国民として戦勝国の軍に如何ほどの
屈辱を飲ませられ、それもエネルギーに変えて一匹狼として
米国社会に殴り込みをしたのだと受け取れた。
数年前彼が痴呆症になったようだと風の便り。
偶、ニューヨークに出向く族員に依頼、
確認の為自宅を訪問してもらった。
報告によると風の便りは事実だった。
死は多く予定取りに迎えられない。
彼の旅立ちに冥福を祈る。